2025-03-16 主日礼拝説教
「エルサレム入場」
マルコ11:1-11
木村一充牧師
今月の3月5日(第一水曜日)から、教会の暦でレント(受難節)の期間に入っています。受難節とは、イースター前の6回の日曜日を除く40日間のことを指しています。日曜日を除くのは、この日がイエスの復活を祝う礼拝をささげる日だからです。この40日間、私たちの救いのために十字架への道を歩まれた主イエスの御苦しみ、ご受難のことを覚え、慎み深く過ごすのであります。ヨーロッパ古代のローマ・カトリック教会では、レントのこの期間、イエス・キリストの苦しみを分かち合うため、贅沢を避け、肉食を絶ちつつ、食べる食事の量まで控えるということをやってきました。そのような節制の日々に入る前に催す祝宴(ごちそうを食べること)を、謝肉祭(カーニバル)と呼びました。もともと、カーニバルはキリスト教とは関係のない異教の行事だったといいますが、いつの間にかレントの直前に行われるお祭り騒ぎの行事として、世界各地で根付いております。
このレントのことを意識して選びました箇所が、本日のマルコによる福音書11章1節以下です。「エルサレムに迎えられる」という小見出しがついていますが、ここでは主イエスの一行がいよいよエルサレムの都に入ってゆく場面が描かれています。すぐ前の10章32節を見ると、(本日の右ページの上の段落の最後です)「一行がエルサレムへ上って行く途中、イエスは先頭に立って進んで行かれた。それを見て、弟子たちは驚き、従う者たちは恐れた。」とあります。主イエスがエルサレムに向かって先頭を切って歩かれるそのお姿を見て、弟子たちは驚き恐れたというのです。それは、今までに見たこともないイエスのお姿でありました。これまでの福音を宣べ伝える働き、ご自身の神の国運動の総決算をする場所、それがエルサレムなのだという思いがイエスにはありました。おそらく、エルサレムは危険な所だという自覚もあったことでしょう。そのエルサレムに迫っているのです。すぐ前の10章の最後のところで、イエスは盲人バルティマイが癒しておられます。それはエリコという町での出来事でした。エリコは、エルサレムから約20キロ東にある町であり、大人の足なら一日でたどり着くことができる距離であります。この福音書を書いたマルコもいよいよ自分が最も心を込めて書かなければならない最重要場面に差しかかったという思いで筆を進めたことでありましょう。イエスの物語はクライマックスにさしかかっているのです。
本日の1節を読むと、「一行がエルサレムに近づいて、オリーブ山のふもとにあるベトファゲとベタニアにさしかかった」とあります。エリコからエルサレムに入ろうとするとき最初にたどり着く村、それがベタニア村です。オリーブ山の東のふもとにある村です。ベトファゲはそこからオリーブ山を登って下りた向こう側、つまり、エルサレムの城門に近いこの山の西のふもとにある村でした。ベタニアから見て向こうの村でした。このことから、マルコはエルサレムの地理に詳しくなかったと見る学者もいます。いずれにせよ、主イエスはエルサレム近くの村に入られると、二人の弟子を使いに出して言われます。「向こうの村へ行きなさい。村に入るとすぐ、まだだれも乗ったことのない子ろばのつないであるのが見つかる。それをほどいて、連れて来なさい。」さらに「もし、だれかが、『なぜ、そんなことをするのか』と言ったら、『主がお入り用なのです。すぐここにお返しになります』と言いなさい。」とお命じになりました。
今、イエスはイスラエルの王として神の都に入ろうとしています。しかし、そのときお乗りなるのは子ロバだというのです。通常、ローマ軍が戦いに勝利して都に入るとき、凱旋した将軍は勇猛な軍馬に乗って都に入りました。しかし、イエスはロバに乗って都に入られたのです。ローマ軍が属州の人々から徴用した軍用物資は、すべて没収されました。しかし、このロバは用が済んだら返すと、イエスは言われます。ロバは英語ではdonkey(ドンキー)ですが、子ロバはcolt(コルト)と呼びます。私たちのイメージでは、子ロバはおとなしくてたいへん従順な動物であると捉えがちです。しかし、詳しく調べるとどうもそうではないらしいのです。当時のユダヤでは、まだ誰も乗ったことのない調教を終えていない若いロバというのは、癇癪をおこしがちで、とても人の手に負えるものではなかったといいます。ところが、そのような子ロバを主イエスはすぐに乗りこなしておられるのです。イエスというお方は、よほどロバに乗るのがお上手であったのだろうとこの人は言います。しかし、福音書記者マルコにすれば、イエスがロバに乗るのに慣れていたかどうかは問題ではありません。そうではなく、マルコはこの出来事を旧約聖書の預言の成就という視点から、描いているのです。週報の巻頭言に、その預言を書き記しています。ゼカリヤ書9章9節です。「娘シオンよ、大いに踊れ。/ 娘エルサレムよ、歓呼の声をあげよ。/ 見よ、あなたの王が来る。/ 彼は神に従い、勝利を与えられた者/ 高ぶることなく、ろばに乗って来る/ 雌ろばの子であるろばに乗って。」さらに、続く10節でゼカリヤは言います。「わたしはエフライムから戦車を/ エルサレムから軍馬を絶つ。/ 戦いの弓は絶たれ/ 諸国の民に平和が告げられる。」このお方は、諸国の民に平和を告げ知らせるために、ロバに乗ってエルサレムに入城される王であると、預言者ゼカリヤは預言するのです。この方は多くの敵を殺したことを称えられる王ではなく、多くの人に命を与えるために、ご自身の命を失うことを覚悟された平和の君であります。丸3年が経過したロシアとウクライナの戦争をめぐって、アメリカのトランプ大統領が停戦を呼びかけました。何も言わずに、とにかく戦争をやめなさいという勧告です。ところが、ロシア側がこれを聞こうとしません。それには条件があるというのです。戦争の世紀と呼ばれた先の20世紀、世界はあれだけ多くの戦争を経験し、多くの流血者、犠牲者を出しました。にもかかわらず、今も戦争を続けようとする大国の指導者を見ると、およそ人間がいかに歴史から学ばない動物であるかを思わされます。それほど私たちは頑固であり、自己中心的であります。私たちは全身全霊を込めて祈らなければなりません。ウクライナ戦争の先行きは不透明ですが、先週の役員会の席で、次年度の活動計画のひとつに、私は今年の8月第2週、多くの教会で平和を覚えて祈る礼拝が捧げられる日の午後、東ブロックの4教会が集まって平和祈祷会を開催してはどうかという提案をしました。栗ヶ沢、花野井、市川八幡、市川大野の4教会です。以前やったことのある集会です。これら4つの教会の牧師、先週の早いうちに打診のお電話をしたところ、皆さん前向きに考えたいと言われるのです。励まされました。今から準備をして、この平和祈祷会をぜひ実施、成功させたいと思っています。
こうして、二人の弟子が子ロバを連れて来ると、イエスは自分の服を掛け、その上にお乗りになりました。エルサレムの城門が近づくと、大勢の群衆が自分の服を道に敷き、また他の人は葉のついた枝を進路に敷いたと書かれています。これは旧約聖書列王記下の9章に出て来るイエフという王が油注がれて王となった時、その家臣たちがその上着を脱いでその足元に置いたという事例をまねたものであると見られています。そのように、エルサレムの群衆はイエスをイスラエルの王として認めたわけです。彼らは声を合わせ、歓呼して叫びました。「ホサナ。/ 主の名によって来られる方に、/ 祝福があるように。/ 我らの父ダビデの来るべき国に、/ 祝福があるように。」ホサナとは賛美の声ではなく、祈りの言葉です。「今、救い給え」という意味の祈りです。旧約聖書のサムエル記下14章4節で、ダビデ王の前にひれ伏して懇願する女性が口にする言葉が「ホサナ」です。そこは「王様、お救いください」と訳されています。ホサナとは、イスラエルの王に民衆が助けと保護を求める時に用いられた言葉です。この時、エルサレムの群衆は、イエスというお方をメシアと認め、そのメシアが自分たちの都に到来されたことを喜び、歓呼して叫びながら、「わたしたちを救ってください」とイエスに願い求めたのです。こうして、子ロバに乗っての入城でしたがイエスの一行は歓呼をもって、エルサレムの人々に迎えられました。それは日曜日のことでした。
ところが、その同じ群衆が同じ週の金曜日になると、まるで数日前のことを忘れてしまったかのようにイエスに対する態度を変えます。マルコ15章を読むとそれがわかります。イエスは捕えられ、裁判にかけられるところです。ローマ総督ピラトの前で裁判が行われた時、「それでは、ユダヤ人の王とお前たちが言っているあの者は、どうしてほしいのか」とピラトが群衆に尋ねました。すると、彼らは一斉に「十字架につけろ」と叫ぶのです。いったい彼らのうちに何が起こったのでしょうか。ある学者は、この理由を次のように説明します。すなわち、日曜日にイエスの一行を迎えたときの群衆と、金曜日にイエスを十字架につけろと叫んだ群衆とはメンバーがすっかり違っていたのだというのです。しかし、私はそうは思いません。そうではなく、ユダヤの群衆たちは強い王の出現を望んでいたのです。あのダビデ王のように、敵国であるローマの軍隊を蹴散らし、敵を押しつぶし、破壊するような政治的な征服者としてのイエスを求めていたのです。ところが、エルサレムに入られたあとのこの方の様子を見ていると、一向にその気配が感じられない。このイエスは、わたしたちが願い求めるようなメシアではない!群衆たちは、イエスに大いに期待していました。しかし、平和の君であるこの方の行動は、彼らの期待に応えるものではありませんでした。エルサレムの群衆はイエスに不満を抱いたのではないでしょうか。だから、ほんの数日後に彼らの態度が変わってしまったのです。しかも、このような群衆心理に同調する感情が、イエスの弟子たちの中にも生まれていたのではないでしょうか。イエスを裏切ったとされるイスカリオテのユダは、シカリ派と呼ばれるユダヤ民族主義者のグループに属していたと言われます。ローマ人をパレスチナから追い払うことを願った一派です。ユダは、イエスならそれがお出来になると見ていました。ところが、その期待が裏切られ、イエスへの愛が、失望と裏切りに変わったとW.バークレーという注解者は説明しています。
ロバがどれほど荒々しくても、戦争には役に立ちません。しかし、主イエスはそのロバをエルサレム入場に用いられた王、戦いを止めた王です。そして、それから2000年経った今、そのような王となることがどれほど難しいことであるかを思い知らされるのです。剣を打ち直して鋤とする、槍を打ち直して鎌とするような王の到来を私たちは待ち望みます。イエス・キリストは、そのような王でありました。この方は、十字架につけられお亡くなりになりました。しかし、神はこの方をよみがえらせ、今も生きて働く救い主としてくださっています。レントのただ中で、そのことを覚え、この方こそまことの王であると、力強く告白したいのであります。
お祈りいたします。