2025-03-23 主日礼拝説教
「ナルドの香油」
マルコ14:3-9
木村一充牧師
主イエスが子ロバに乗ってエルサレムに入って行かれたのは日曜日のことでした。この日からイエスの最後の一週間が始まります。受難週と呼ばれるこの週の4日目、水曜日のことですが、イエスはベタニアという村に向かい、そこで重い皮膚病の人シモンの家を訪ねて食事をされました。本日のマルコ福音書はそう記しています。このことは、私には大変な驚きです。なぜなら、この日の二日後には、ご自身の十字架の死の出来事が起きているからです。残された命の日数はあとわずかという、たいへん切羽つまった状況のなかで、イエスは病人であるシモンの家を訪問されました。それはイエスにとって、文字通り最後の宅訪でした。受難週の真っ只中であるにもかかわらず、オリーブ山の向こうにある村に出かけて、人々から嫌われていたはずの重い皮膚病人シモンの家を訪ねて一緒に食事を分かち合う。自分のことよりも、そのような人に心を配ることを優先する----、私たちの主イエスはそのようなお方でありました。
そのシモンの家で食事の席に着いていたとき、思いがけない事件がおこります。一人の女がそこに入ってきて、純粋で非常に高価な香油が入っている石膏の壺を割って、それを一滴残らずイエスの頭に注ぎかけたというのです。それは、福音書記者マルコとヨハネによればナルドの香油であったと言われます。このナルドの香油ですが、調べてみますと、そもそもナルドとはインド北部を原産地とするオミナエシ科の植物の名前であります。植物学上の正式名称は、カンショウ、漢字で「甘い松」と書き、赤い花を咲かせる草花だそうです。その根から抽出されたエキス、それがとても芳しい香りを放つ香油として認知され、高価な値段で取引されました。本日の箇所によると、何と300デナリ以上の値段で売れるとあります。イスラエルの成人男子のほぼ1年分の収入、すなわち年収に相当する金額であります。この香油ですが、いろいろな場面で使われました。一つには、客として旅人を迎えるに当たってこれを頭や足に注ぎました。芳香剤(フレグランス)として使ったわけです。しかし、一番の使い途は、その香りの良さの故に、死者を葬る時の腐敗防止、あるいは臭い消し、すなわち消臭剤として使うということでした。さらに言えば、今日のように、お金を貯金して残す銀行のような仕組みや、どこででも仕えるお金(通貨)の制度が整っていなかった当時のパレスチナで、人々はさまざまな方法で、いざという時に備えて資産を残すことを考えました。その一つとして、女性の場合の香油があったといいます。
余談ですが、私はかつて神戸の教会で副牧師として奉職していたころ、そもそもこのような香水の値段がいくらなのか百貨店に入って調べてみたことがあります。神戸教会は三宮の駅から歩いて10分ほどの異人館通りにありました。三宮駅の近くには大丸やそごうなどのデパートがあります。その化粧品売り場に出向いて、シャネルの5番などの人気の香水コーナーに行って値段を調べてみたのです。店員をはじめ、あたりは女性ばかりで、少し気恥しい思いをしましたが…。見てみると、高くても5万円程度で、10万円を超えるようなものは見当たりませんでした。恐らく少しの量で、十分に香りの効果が出るということでしょう。この場面もそうです。彼女の注いだ香油が少しだったとしたら、食卓にはよい香りが漂ったことでしょう。しかし、それがたとえば牛乳びん一本以上の量だったとしたらどうか。客間はむしろ異様な香りが充満して、大変なことになったかもしれないのです。
彼女はなぜこのような行動をとったのでしょうか。彼女自身が、このとき、他の弟子たちにはない明確な信仰理解をもって、大胆に、堂々と振舞ったということではなかったと思います。むしろ、主イエスに対する愛や感謝の気持ちを表すのに、それ以外の方法が思いつかない中で、ほとんど衝動的に咄嗟にとった行動、それが石膏の壺を割って、一気にそれをイエスの頭に注ぎ尽くすという行為でありました。ルカによる福音書7章によると、彼女は「罪の女」と呼ばれていた人物だといいます。彼女は、(ルカの記述によると)「後ろからイエスの足もとに近寄り、泣きながらその足を涙で濡らし始め、自分の髪の毛でぬぐい、イエスの足に接吻して香油をぬった」人物でした。多分、この時を逃したらもう二度とイエスというお方と出会い、罪を赦して頂くチャンスはないと、思ったのでしょう。過越しの祭りに合わせ、ユダヤ人たちは贖いの供え物を携えてエルサレム神殿に集まってきます。しかし、彼女はこの神殿に入ることは赦されていマませんでした。そこで、イエスがシモンの家におられるという噂を聞いて、この方こそ私を赦すことの出来るお方に違いないと確信して、自分にとって最も大切なもの、自らの命をつなぐ備え、いや自らの命そのものであるこの香油を、イエスにお捧げしたのであります。それは、きらびやかなエルサレムの神殿でぎょうぎょうしい儀式をもってささげられる犠牲の動物よりも、はるかにささげものと呼ぶにふさわしいささげものでありました。このような礼拝、このような信仰告白が、敬虔な祭司たちや長老たちの手によってではなく、一人の名もなき罪の女によって、また、荘厳なエルサレム神殿においてではなく、重い皮膚病を患っていた病人シモンの家においておこなわれた。本日のマルコによる福音書はそう記すのであります。
ところが、これを見て収まらない人々がおりました。弟子たちです。彼らは憤慨して次のように言います。「なぜ、こんなに香油を無駄遣いしたのか。この香油は三百デナリオン以上に売って、貧しい人々に施すことができたのに。」並行記事が書かれているマタイ福音書26章の、直前の章であるマタイ25章を読むと、キリストに奉仕することは、貧しい人、飢えている人、渇いている人に奉仕することであると主イエスがお語りになっています。その説教の直後に、この香油注ぎの事件が起きているのです。ゆえに、私たちが同じ場に居合わせたら、弟子たちと同じことを言ったかもしれません。しかし、イエスはこれを聞いて「するままにさせておきなさい。なぜ、この人を困らせるのか。」と言われ、この女のすることを止めさせようとしませんでした。逆に、このあとイエスは「世界中どこでも、福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。」と語られ、彼女に対して最大級の誉め言葉を発しておられます。それはなぜか。ここで何が問題になっているのでしょうか。
弟子たちが言うように、飢え渇いた人、貧しい人や病んでいる人々を助けてあげること、それらは他者の苦難を解決するために、自分たちが力になるということです。もちろん、そのような苦難の問題は、人の人生において決して小さな問題ではありません。しかし、イエスが殺されて葬られるという十字架の出来事は、人間の罪によって起こされた出来事です。弟子たちの関心は人間の苦難の解決にありました。しかし、この女性にとって一番の問題は、人間の罪と罪がもたらす悲惨さの問題でした。彼女が高価な香油をイエスに注いだのは、イエスの葬りの備えをするためでした。その葬りの備えのほうが彼女にとって、はるかに重要であり、優先性をもって彼女に迫ってきたのです。一方で貧しい者への施しのわざは彼女には色あせてしまったのです。彼女が石膏の壺をわって中の香油を全部注いだのは、イエスの死に仕えるためでした。貧しい人や病んでいる人を助けることは、隣人愛にかかわることです。しかし、このベタニアの女が見つめていたものは神の子キリストの苦難と死でありました。前者は倫理の問題でありますが、後者は救いの問題です。そして、彼女にとって救いの問題は、倫理の問題を超える事柄だったのです。
あるいは、別な言い方ができるかもしれません。それは本日の7節の主イエスの言葉にヒントがあります。7節でイエスは、次のように言われます。「貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるから、したいときに良いことをしてやれる。しかし、わたしはいつも一緒にいるわけではない。」この言葉の意味は、あなたがたは日常の流れる時間、クロノスの中ではその気になればいつでも貧しい人への奉仕が出来るはずだ、ということです。「しかし、わたしはいつもいるわけではない!」イエスは今や死を目前にしておられる。彼女がこのときイエスに対してささげた香油は、決定的な時の点、カイロスの中でおこなわれた神奉仕、礼拝でありました。これを外したら、二度と同じ機会はない。私たちの人生でも大切な人との関係の中で同じことがあります。その人の命に関わる瞬間です。そのような時、私たちは何をさておいてもその人のもとへ体一つでいい、飛んで行って、その人と同じ時を過ごさなければならないと、私は思います。隣人への奉仕は、あとからでもできるのです。私たちが捧げる礼拝もそうではないでしょうか。礼拝において私たちは、私たちのために死んで甦ってくださったお方、イエス・キリストを覚え、神のご臨在をおぼえ、聖霊の注ぎを受けてこの世へと押し出されてゆきます。神が私たちを愛されたから、私たちがお互いを愛することができるのです。神の愛が、私たちを隣人愛へと駆り立てるのです(第一ヨハネ4:11)。救いの問題は、倫理の問題を超えるのです。
そのような決定的な時、イエスとの死別の時、カイロスのなかで、高価な香油のすべてを捧げ尽くした彼女の振舞いは、果たして弟子たちが言うような「無駄遣い」だったのでしょうか。とんでもありません。むしろ、この彼女の行為はイエスを葬るためにすべてを捧げ尽くした、彼女の愛のわざでありました。このナルドの香油の物語が教会の2000年の歴史の中で、どれだけ多くの人に感動と勇気を与え、豊かな礼拝へと導き、どれだけ多くの献身者を生み出したことであろうかと思います。ゆえに、彼女の行為をだれも止めることはできません。また、止めてはならないと思うのです。
本日の最後で、イエスは言われます。9節です。「世界中どこでも、福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。」ここで「記念として」と訳されているもとのギリシャ語は、英語でmemoryと訳されます。ある出来事を心に刻むということ、またその出来事を思い出させてくれるもの、それが記念であります。彼女のしたことは、イエス・キリストの死と葬りに仕えた愛のわざとして、教会の歴史の中で覚え続けられるであろうと、主イエスは言われるのであります。
お祈りいたします。